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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)11148号 判決 1968年6月10日

原告 国

訴訟代理人 林倫正 外三名

被告 更生会社 株式会社富士アイス 管財人 瀬崎憲三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、「原告が、更生会社株式会社富士アイスに対し、金一二〇、〇〇〇、〇〇〇円の更生債権ならびに同額の議決権を有することを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、原告は、昭和四〇年七月一四日株式会社森脇文庫(以下「森脇文庫」という。)に対する滞納租税徴収のため、国税徴収法第五六条により同文庫の所持する別紙目録第一記載の約束手形五通(以下「本件手形」という。)を差押え、これを占有した。

二、本件手形の振出人である株式会社富士アイス(以下「更生会社」という。)は、会社更生事件により同年八月二一日東京地方裁判所において更生手続開始決定をつけたので、原告は、所定の手続に従い本件手形金合計金一二〇、〇〇〇、〇〇〇月を更生債権として届け出たが同年一一月二〇日の債権調査期日において、更生会社の管財人である被告から届出で債権全額について異議が述べられた。

三、よつて、原告が、更生会社に対し、本件手形金一二〇、〇〇〇、〇〇〇円の更生債権ならびに同額の議決権を有することの確認を求めるため、本訴請求に及んだ。」

と述べ、被告の抗弁に対して、

「被告主張の一の事実のうち、早川慎一が更生会社および東京証券土地株式会社の各代表取締役を兼ねていたしとおよび本件手形は、同人が更生会社を代表して東京証券土地株式会社に対して振り出したものであることは認めるが、その他は否認する。

二の(一)の事実のうち、原告が本件手形について取立権のみを有することは争わないが、その他は否認する。かりに、本件手形が被告主張のような趣旨で振り出されたものであるとしても、そのような事由は、手形の受取人に対して主張し得るのみで、その後の取得者に対しては、右事由を知ると否とにかかわらず、主張することは許されないものである。

二の(二)の事実のうち、森脇文庫が本件手形を被告主張のような経路で所持するにいたつたものであることは認めるが、その他は否認する。別紙目録第一記載の(一)および(二)の約束手形は、辰美産業株式会社に対する昭和四〇年二月六日貸し付けの金二八、〇〇〇、〇〇〇円の担保として、同(三)ないし(五)の約束手形は、同会社に対して同年一月六日貸し付けた東京証券土地株式会社振出しの金額一〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の約束手形割引金の支払いのために、それぞれ、森脇文庫が辰美産業株式会社から裏書譲渡をつけたものである。かりに、森脇文庫と辰美産業株式会社との間に、本件手形について被告主張のような事情があつたとしても、これを主張し得るのは森脇文庫に対する裏書人である辰美産業株式会社のみであつて、振出人である更生会社は、森協文庫に対する裏書人の右抗弁を援用することはできない。

二の(三)の事実は否認する。かりに、本件手形の差押え処分およびその前提としての課税処分が被告主張のとおり違法であつたとしても、右各処分は取り消されるまでは有効であり、しかも、その取消しを請求し得る者は、処分によつて直接自己の権利または法律上の利益を侵害された者に限られるから、更生会社は右各処分の違法を主張して本件手形金の請求を拒むことはできない。」と述べ、被告主張の抗弁のうち一の主張に対する再抗弁として、「一、本件手形の振出しについて更生会社の取締役会の承認決議がなかつたとしても、本件手形の効力には影響がない。すなわち、

(一)  早川慎一は、東京証券土地株式会社の名目上の代表取締役で経営その他業務の執行に関与していたものてはなく、本件手形の振出しについても、同会社を代表してその受取人となつたものではなく、このような場合は、同会社の利益を図り反面更生会社の利益を害するということはないから、商法第二六五条にいわゆる取締役の自己取引に該当しない。

(二)  かりに、本件手形の振出しが商法第二六五条に該当するとしても、同条は、取締役と会社との取引について、当該取締役と会社を代表する取締役との尽すべき義務を定めた命令規定にすぎず、これに違反し取締役会の承認決議を得なくても、その取締役が会社に対して損害賠償の責任を負うは格別、その取引自体の効力には影響がないから、本件手形の振出し行為は有効である。

二、かりに、右の主張が認められず、被告主張の理由で本件手形の振出しが無効であるとしても、森脇文庫は、本件手形取得当時その振出しが無効で受取人である東京証券土地株式会社が手形上の権利を取得していなかつたことを知らず、本件手形を善意取得したものであるから、振出人である更生会社は、森脇文庫に対して、したがつてまた、同文庫に対する本件手形の差押えによりその取立権を取得した原告に対して、本件手形金の支払債務を免れない。

三、以上がいずれも理由がないとしても、更生会社は、次の理由により本件手形金の支払いを拒むことはできない。すなわち、

(一)  本件手形は、いずれも、更生会社が東京証券土地株式会社に対して振り出した別紙目録第二記載の約束手形五通(以下「旧手形」という。)の支払いの延期のために振り出されたいわゆる書換え手形であるが、

1  旧手形の振出しについては、更生会社の取締役会の承認決議があつたものである。

2  かりに、取締役会の承認決議がなかつたとしても、

(1)  同一人が二つの会社の代表取締役を兼ねているときは、商法第二六五条は、その者が双方の会社を代表して取引きする場合にのみ適用があり、他の者が一方の会社を代表して取引きする場合には適用がないから、古賀祐光が更生会社を代表して早川慎一の代表する東京証券土地株式会社に対し振り出した旧手形については、同条の適用はない。

(2)  かりに、右の主張が認められないとしても、旧手形は、更正会社が昭和四〇年二月頃東京証券土地株式会社との間で締結した、同会社を売主とする静岡県熱海市網代所在の土地の売買契約にもとづく売買代金二八八、〇〇〇、〇〇〇円の内金の支払いのために振り出されたものであるから、このような債務の履行にとどまる行為については、同条の適用はない。

(3)  かりに、旧手形の振出しが商法第二六五第に該当するとしても、前記のように、同条は命令規定であつて効力規定ではないから、取締役会の承認決議がなくても、その効力には影響がない。

3  かりに、旧手形の振出しが無効であるとしても、森脇文庫は、旧手形取得当時、その振出しが無効で受取人である東京証券土地株式会社が手形上の権利を取得していなかつたことを知らないで、旧手形を善意取得したものであるから、振出人である更正会社は、森脇文庫に対して、旧手形の支払い債務を免れなかつたものである。

(二)  そして、書換え手形である本件手形は、旧手形と同一性を有するから、以上の理由により森脇文庫に対し、旧手形の支払いを拒むことができない更生会社は、本件手形の無効を主張して森脇文庫に対し、したがつてまた、前記のように同文庫から坂立権を取得した原告に対して、その支払いを拒むことはできない。」と述べた。

<証拠省略>

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実は、すべて認める。」と述べ、抗弁として、

「一、本件手形は、いずれも、当時更生会社の代表取締役であつた早川慎一が、更正会社を代表して、自己が代表取締役を兼ねている東京証券土地株式会社に対して振り出したもので、右振出し行為は、商法第二六五条にいわゆる取締役の自己取引に該当し、これについて更生会社の取締役会の承認決議がなされていないから、右振出し行為は無効で、本件手形債務は成立せず、したがつて、振出人である更生会社は、原告を含めすべての所持人に対し本件手形金の支払い義務を負わないものである。

二、かりに、本件手形が無効ではなく、または、無効であつても原告に対しては無効を主張できないとしても、次の理由により、更生会社は、原告に対して本件手形金の支払い義務を負うものではない。すなわち、

(一)  本件手形は、更生会社が東京証券土地株式会社に資金調達を得させる目的で振り出したもので、同会社と更生会社との間には、対面関係がなく、かつ、満期には同会社が決済し更正会社にはなんら責任を負わせない旨の合意があつて、森脇文庫は、右の事情を知悉しながら更生会社を害する目的で本件手形を取得したものであるから、更生会社は、森脇文庫に対し右事由を主張してその支払いを拒み得るものである。そして、国税徴収法第五六条による有価証券の差押えは、その有価証券の取立権のみを取得するにすぎず、被差押人の有する権利以上のものを取得するものではないから、更生会社は、原告に対しても、森脇文庫に対すると同様、前記事由を主張して本件手形金の支払いを拒み得るものである。

(二)  かりに、右の主張が認められないとしても、本件手形は森脇文庫が、辰美産業株式会社から白地式裏書により譲渡をうけ、これを取立てのため伊坂重昭にそのまま引き渡し、その後取立て不能のため同人から返還をうけたものであるが、森脇文庫は、辰美産業株式会社から本件手形の割引きを依頼され、これに応ずるように装つて、同会社に対し約金八〇、〇〇〇、〇〇〇円の債権を有すると称し、その担保として本件手形の裏書譲渡をうけたもので、辰美産業株式会社としては、手形の割引きでなければ本件手形を裏書譲渡する意思はなかつたものであるから、右裏書は錯誤により無効であり、かりにそうでないとしても、前記債権については、当時利息制限法の定める制限利率を超過する利息の文払いがなされていて、これを元本充当とみなせば右債権はすでに弁済により消滅していたものである。以上、いずれにしても、森脇文庫は本件手形上の権利を有する正当な所持人ではないから、更生会社は、同文庫に対し、したがつてまた、前記理由により取立権のみを有する原告に対し本件手形金の支払いを拒み得るものである。

(三)  以上が理由がないとしても、原告の森脇文庫に対する滞納租税の徴収は、同文庫に、辰美産業株式会社に対す貸金につき昭和三六年八月末日以降利息の収入があつたとして、これに課税しているのであるが、右利息中利息制限法の定める制限利率を超過する分は元本の支払いに充当されるべきもので、森脇文庫が適法かつ有効に取得した利息の所得ではないから、これに対する課税は違法である。したがつて、右違法な課税処分にもとづく滞納租税の徴収としての本件手形の差押え処分は違法であり、原告は、本件手形についてなんらの権利も取得しない。

三 よつて、原告の本訴請求は失当である。」

と述べ、原告の再抗弁に対して、

「原告主張の事実のうち一は否認する。

二の主張は争う。かりに、商法第二六五条に違反して振り出された無効な約束手形について、いわゆる善意取得が成立する余地があり、もしくは、右無効は、人的抗弁として善意無過失の第三者に対しては主張できないとしても、森脇文庫は、本件手形の振出し行為が右の理由で無効であることを知りながら本件手形を取得したものであり、かりにこれを知らなかつたとしても知らなかつたことについて重大な過失があつたものであるから、更生会社は、森脇文庫に対して、したがつてまた、取立権のみ有する原告に対して、本件手形の無効を主張し得るものである。

三の事実のうち、本件手形が原告主張の旧手形の支払いの延期のために振り出されたいわゆる書換え手形であることは認めるが、その地は否認する。かりに、旧手形についても、本件手形と同様、善意取得の成立する余地があり、または、善意無過失の第三者に対しては無効を主張し得ないとしても、森脇文庫は、旧手形が無効であることを知りながらこれを取得したものであり、かりにそれを知らなかつたとしても知らなかつたことについて重大な過失があつたものであるから、更生会社は、森脇文庫に対して、旧手形の無効を主張しその支払いを拒み得たものである。また、かりに、右が認められないとしても、書換え手形であるというだけでは旧手形と同一性がなく、本件手形の効力は、本件手形についてのみ考えるべきで、旧手形の効力とはなんら関係がない」。

と述べた。

<証拠省略>

理由

原告主張の請求原因事実はすべて当事者間に争いがないから、本件手形が無効であるとの被告の抗弁について、まず判断する。

本件手形が、いずれも、当時更生会社の代表取締役であつた早川慎一により、更生会社を振出人として、同人が代表取締役を兼ねている東京証券土地株式会社に対し振り出されたものであることは、当事者間に争いがない。そして、手形の振出人は、手形の振出しにより原因関係とは別にあらたな手形上の債務を負担するものであるから、手形の振出し行為も商法第二六五条にいわゆる取引に含まれると解すべきであるが、本件手形の振出しについて更生会社の取締役会の承認決議のあつたことは、これを認めるに足りる証拠はなく、却つて、<証拠省略>によれば、右承認決議のなかつたことが認められる。この点について、原告は、早川慎一は東東証静土地株式会社の名目上の代表取締役で、実質酌に同会社を代表して本件手形の受取人となつたものではないから取締役会の承認決議を要しないと主張する。たしかに、もし右主張どおりの事実であるとすれば、原告主張のように、東東証券土地株式会社の利益を図り、反面更生会社の利益を害するということはないから、本件手形の振出しについて商法第二六五条の適用がないと解する余地があるが、<証拠省略>によれば、東京証券土地株式会社は、もと日本証券金融株式会社の商号で坂内ミノブが代表取締役をしていた会社で、昭和三九年九月商号変更と同時に坂内ミノブに代わり早川慎一が代表取締役に就任したが、その後も経営の実態は変らず、坂内ミノブが事実上経営の責任者とみられていたこと、しかし、本件手形の振出しに関する限り、早川慎一は、東京証券土地株式会社と無関係であつたものではなく、その代表者としての立場で、もつぱら同会社の利益のためを図つて更生会社に働きかけ、本件手形を振り出させたことが認められるから、原告の右主張は採用できない。したがつて、本件手形の振出しについては、商法第二六五条にいわゆる取締役の自己取引として更生会社の取締役会の承認決議を要する場合であるのにかかわらず、これを欠いていたものといわなければならない。

ところで、商法第二六五条に違反し取締役会の承認決議なくして行われた取締役の自己取引の効力に関して、原告は、同条は取締役と会社を代表する取締役に対する命令規定であるから、これに違反しても、その取引の効力には影響がないと主張するが、同条は効力規定と解すべきであるから、取締役会の承認決議のない取締役の自己取引は無効と解するのが相当である。このことは、その取引が手形行為である場合においても同様であり、したがつて、取締役会の承認決議のない本件手形の振出し行為は無効で手形債務は成立しないから、本件手形は無効である。そして、右の無効は、いわゆる物的抗弁として、本件手形のすべての所持人に対しその善意、悪意を問わず、対抗し得るものと解すべきである。この点に関し、特に同条違反の手形行為について右の無効の主張を制限するため、かかる手形について第三者の善意取得を認め、もしくは、人的抗弁に準じ善意無過失の第三者に対しては右の無効を主張できないとする見解があるが、振出し行為の無効により手形債務か成立しない場合についてまで右の見解を及ぼすことはかなり困難であるばかりでなく、本件手形については、かりに右の見解に従うとしても、更生会社はその無効を原告に対し主張し得るものである。すなわち、<証拠省略>によれば、森脇文庫は、手形取得の際、振出人が会社でその代表取締役個人が受取人、裏書人であるものについては、その会社の取締役会の決議を要するものとして、その決議録を同時に差し出させる取扱いをしていて、本件手形についても、振出人である更生会社の代表取締役早川慎一が受取人である東京証券土地株式会社の代表者として裏書をしているところから、森脇文庫の担当者は、更生会社に対して取締役会の決議録を再三要求したが、結局更生会社は言を左右にしてこれに応じなかつたことが認められ、右事実によれば、他に特別の事情が認められない限り、森脇文庫は、本件手形取得当時、その振出しについて取締役会の承認決議がないことを知つていたもめというべく、更正会社は森脇文庫に対し右事由を主張して本件手形の支払いを拒み得たものであり、したがつてまた、被告主張のように、国税徴収法第五六条の差押えにより本件手形の取立権のみを取得したと解される原告に対しても、同様の理由で本件手形の支払いを拒み得るものである。以上のとおり、いずれにしても更生会社は、原告に対し、本件手形の無効を主張し得るものであるから、この点に関する被告の抗弁は理由がある。

しかし、原告は、さらに、かりに本件手形が無効であるとしても、本件手形は、更正会社が東京証券土地株式会社に対して振り出した旧手形の書換え手形であつて、旧手形は有効であり、有効でなかつたとしても原告は旧手形を善意取得したものであるから、旧手形と同一性を有する本件手形について、更正会社はその支払いを拒み得ないと主張する。ところで、本件手形が旧手形の支払いの延期のために振り出されたいわゆる書換え手形であることは、当事者間に争いがなく、このような場合、他に特別の事情が認められない限り、書換え手形は書換え前の手形と同一性を有するものと解されるから、旧手形について原告主張のような事情があれば、更生会社は、その書換え手形である本件手形自体の無効を主張してその支払いを拒むことはできないものといわなければならない。そこで、以下、旧手形について原告主張の事情の有無を検討する。

まず、旧手形の振出しについて更生会社の取締役会の承認決議があつたことを認めるに足りる証拠はなく、却つて、<証拠省略>によれば、右決議のなかつたことが認められる。原告は、同一人が二つの会社の代表取締役を兼ねている場合、他の者が一方の会社を代表してする取引については商法第二六五条の適用がないと主張するが、右見解は採用し難く、古賀祐光が更生会社を代表して、早川慎一の代表する東京証券土地株式会社に対して手形を振出す行為は、早川慎一が更生会社の代表取締役を兼ねている以上、同人に関しては、同条にいわゆる取締役の自己取引に該当し、更生会社の取締役会の承認決議を要すると解すべきである。次に、原告は、旧手形は更生会社の東京証券土地株式会社に対する土地売買代金の内金の支払いのために振り出されたものであると主張し、事実そのとおりであるとすれば、旧手形の振出しは債務の履行として商法第二六五条にいわゆる取引に該当しないと解されるか、更生会社と東京証券土地株式会社との間に原告主張の内容の土地売買契約のあつたことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、<証拠省略>によれば、旧手形が土地売買代金の支払いのために振り出されたものであるようにも窺われるが、右各証拠によつても、その土地売買契約の内容は全く不明確であり、これらの証拠中の土地売買代金支払いのためという言葉は、<証拠省略>に照らし、むしろ東京証券土地株式会社が他に支払うべき土地代金にあてさせるために、同会社に対して、更生会社か旧手形を振り出したことを意味するものと認めるのが相当である。したがつて、旧手形は更生会社の債務の履行として振り出されたものとは認められないから原告の右主張は理由がない。以上のように、旧手形の振出しも、商法第二六五条に該当し更生会社の取締役会の承認決議を要する場合であるのにかかわらず、右の決議なくして行われたものであるから、本件手形について前述したと同様の理由で、旧手形もまた無効であるといわなければならない。そして、右の無効はすべての第三者に対して主張し得るものであることも、本件手形の場合と同様であるが、かりに、第三者に対する無効の主張を制限する前記の見解に従うとしても、更生会社は、森脇文庫に対し旧手形の無効を主張し得たものである。すなわち、<証拠省略>によれば、森脇文庫の代表取締役である森脇将光は、旧手形取得の際、古賀祐光が更生会社を代表して、早川慎一が代表する東京証券土地株式会社に対して振り出した手形であつたので、右振出しについては更生会社の取締役会の承認決議を要しないものと考えていたことが認められるが、<証拠省略>によれば、森脇将光は、早川慎一とかなり古くからの知り合いであり、同人が東京証券土地株式会社の代表取締役に就任後は、同会社と同人の共同振出しの手形もしばしば取り扱い、旧手形についても、当初、更生会社に対し、更生会社と同人の共同振出しの手形を要求していたことが認められるから、他に特別の事情の認められない限り、森脇将光は当時早川慎一が更生会社の代表取締役であることを知つていたものと認めるのが相当であり、<証拠省略>中これに反する部分は措信し難く、したがつて、右認定の事実に、会社振出しの手形取得の際その会社の取締役会の決議録を要求する前記認定の森脇文庫の取扱い方法を併せ考えれば、森脇将光としては、旧手形が右取扱いをなすべき場合に該当するものであることを容易に知り、したがつて、取締役会の決議録を要求することにより旧手形の振出しについて更生会社の取締役会の承認決議のなかつたことも知り得たはずであると認められるから、この点について森脇文庫には重大な過失があつたものというべく、更生会社は、森脇文庫に対し、旧手形金の支払いを拒み得たものである。以上のとおり、旧手形に関する原告の主張はすべて理由がない。

よつて、本件手形か無効であるとの被告の抗弁は理由があるから、被告のその余の抗弁について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、理由がなく、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田宮重男)

別紙目録第一、二<省略>

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